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トランスクリエーション—翻訳を超える創造性

言語と文化はDNAの二重らせんのように絡み合っています。言語はコミュニケーションの手段であると考えられていますが、文化の影響を受けて時代の変遷とともに意味は変化します。その過程で新しい言葉や表現が作られ、廃れていくものもあります。逆に、文化も言語なしに広がることはあり得なかったでしょう。もちろん、文化の中には文学や詩、さらにはゴシップなど、純粋に言語だけで成り立つものもあります。このように、言語と文化はまさに切っても切れない関係にあるのです。

“It’s a rabbit hole.”という表現があります。英語を母国語とする人がこれを聞けば、文字通りウサギの巣穴とは解釈せず、比喩的に使用されているとわかります。それは、共通の文化的背景と理解がそこにあるためです。この比喩的な意味は、イギリス人の作家、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』に由来します。主人公のアリスが不思議なウサギを追って穴に入ったら、いつの間にか不思議な国に入り込んでいて、元の世界へ帰る方法がわからず途方に暮れることから、「複雑で困難な状況、特にそこから抜け出すのが難しい状況」や「あるテーマや活動に興味を持ち、それについて調べたり実行したりすることをやめられない状態」という意味で使用されます。このような意味は、『不思議な国のアリス』がまだ出版されていない1864年以前にはなかったと考えられます。

さて、この例はトランスクリエーションが必要な事例として挙げましたが、そもそも、トランスクリエーションとは何を意味しているのでしょうか?

それは、言語の背景にある文化的要素は決して無視できないものなのだということです。

もちろん、翻訳者は常にこの事実を認識していました。翻訳とは、ある言語を異なる言語へ変換するという技術的なプロセスであると同時に、翻訳ターゲットの言語だけでなくその文化の理解も必要とする芸術的な取り組みであることも翻訳者は知っています。

トランスクリエーションとは、翻訳者が自由に原文の持つ意図をクリエイティブに再解釈し、原文がその「元の」文化において呼び起こす感情と同様の感情を、翻訳先の文化においても呼び起こせるようにすることです。

グローバルなビジネスやブランドが競合する実際のビジネス社会では、「文化的に適切な」マーケティングやブランド戦略が不可欠です。これは当然のことですが、あまり知られていないのは、そのメッセージもまた「文化的に効果的」でなければならないということです。

ブランドの売り込み先がどこの国であろうと、お客様やその他の利害関係者が理解できる言語で話すことに加えて、その国の人々の心を動かす言葉で語りかけることが非常に重要です。そして、人が心を動かされるのは、メッセージに自分や自国の文化との関わりを感じるときなのです。

トランスクリエーションが必要なケース

では、翻訳やローカライゼーションではなく「トランスクリエーション」が必要とされるのは、どのようなケースでしょうか。キャッチコピーに以下のいずれかの特徴が見られる場合、トランスクリエーションが有効だと考えられます。

  • 特有の語り口調や文体
  • 言葉遊び
  • 文化特有の概念
  • ユーモア

語り口調や文体の特異性が非常に高い場合、特殊な処理が必要です。たとえば、英語原文の語り口調が非常にカジュアルで、スラングが使用されている場合を考えてみましょう。日本語などの一部の言語では、そのような文体で書かれたキャッチコピーは、「ひねりが効いている」とか、「カッコ良い」とは受け止められず、風変わりで場違いな印象を与えてしまいます。こういったケースでは、トランスクリエーションの作業工程の一環として、クライアントと話し合い、目標言語に適した語り口調や文体を決定することが望ましいと言えます。

言葉遊び(語呂合わせや洒落)を、原文が伝える面白さを維持しながら翻訳することは、一般的に困難です。こういったケースでは、創造性を発揮して、原文の面白さをある程度捉えながらも、まったく違った面白さを伝えられるようなキャッチコピーへと生まれ変わらせる方が良い場合が多いのです(後述のAppleの事例をご覧ください)。

文化特有の概念を考慮しなければならないのは映画字幕や書籍だけではありません。共通の文化的理解があってこそ楽しめるものすべてがそうだと言えます。例として、天気の話に関する文化的特殊性を取り上げてみましょう。これはイギリス人によく見られる行動であり、イギリス文化の一部であるとさえ言えるかもしれません。しかし、天気の予測が比較的容易な地域に住む人々にはこういった行動はあまり見られないかもしれません。こういったケースでも、トランスクリエーションの作業工程において、文化的な特殊性を見極め、目標言語でも無理なく元の言語の意図を伝えられるようなクリエイティブな訳文に置き換える必要があります。

ユーモアは、翻訳が最も難しいものの一つとされています。なぜなら、ユーモアはある文化では笑いを誘うことができても、他の文化ではその面白さが伝わらないことが多いからです。ユーモアには一般的に非常に高度な共通の文化理解が必要です。共通の文化理解が必要とされればされるほど、異なる文化においてその面白さが伝わるように翻訳することは困難になります。キャッチコピーに込められたユーモアのトランスクリエーションは、意図する面白さを伝えるために特段の注意を払う必要があり、一筋縄ではいきません。

トランスクリエーションの事例

Appleはトランスクリエーションの好例を数多く世に出しています。それは、キャッチコピーに言葉遊びや文化特有の概念をふんだんに取り入れているためであり、そのどれもが素晴らしいトランスクリエーションに生まれ変わっています。では、Apple公式サイトから引用したシンプルな事例をご紹介しましょう。

Appleは2020年に発売したiPhone 12 Proのコピーに、「It’s a leap year」というコピーを使用しました。これは、2020年が実際に「leap year(閏年)」であり、技術分野において「leap forward(躍進する)」という言葉がよく使用されるため、この2つの「leap」をかけたわけです。

英語を母国語とする人であれば、すぐにこの言葉遊びを理解できるでしょう。

このコピーをGoogle翻訳で日本語に直訳すると、結果は「閏年です」となります。

これでは、日本語を母国語とするほとんどの人が、閏年が新しいiPhoneといったい何の関係があるのだろうと首を捻ることになってしまいます。

それでは、対応するAppleの日本語版コピーを見てみましょう。「飛ぶように、つぎの次元へ。」というコピーの後に、「5GをProで。どんなスマートフォンのチップよりも飛び抜けて高性能なA14 Bionic。」という文が続きます。

この日本語版コピーでは、1文目の動詞「飛ぶ」が後続の動詞「飛び抜ける」と重なって響き合っていることが効果を生み出す一因となっています。英語原文とは明らかに異なるものの、言葉遊びが成立して功を奏しています。

結論

翻訳にもトランスクリエーションにも言語能力が必要ですが、トランスクリエーションにはそれ以上の能力が必要です。トランスクリエーターとして手腕を発揮するには、あらゆる翻訳に欠かせない優れた第二言語能力に加え、母国語でクリエイティブなキャッチコピーを生み出せるセンスも欠かせません。

翻訳と比べ、トランスクリエーションは通常、クライアントと緊密に連携し、戦略を練る必要があります。また、クリエイティブな思考や複数のアイデアを検討する時間も必要です。このような理由から、トランスクリエーションの料金は文字数ではなく時間で請求されることが多いです。

成功を収めているグローバルブランドが今の時代に必要としているのは、ブランドの真価を効果的に伝えるブランドボイスを作り上げることによって、現地の顧客と本物のつながりを築くことができる、才能豊かなトランスクリエーションのスペシャリストだと言えるでしょう。